新年を迎え早くも一月ほどが過ぎた。

いまだ肌寒くもあるが初雪を見せることはない冬木市の朝を士郎と王理が駆けていく。

王理が衛宮家に来てから変わることのないもはや日常と化した行い。

二人とも陸上の長距離選手も真っ青な速さで走っているのに足音は全くと言っていいほど聞こえてこない。

何も話さずただ走り続ける。

それがいつもことではあったが今日は違った。

「おい、士郎」

不意に王理が士郎に話しかける。

むろん二人の足は止まることなく。

「あの嬢ちゃんたちどうするんだ?

「……」

士郎は答えずただ走り続ける。

「まぁ、お前が何を考えていようが俺には関係ねぇか…」

それっきり王理は口を開かず、二人とも先ほどと同じように街を走り抜けた。









「おはようございます、先輩」

そう桜が士郎に挨拶をする。

四月の弓道部の新入部員歓迎会の一件の後、遠坂姉妹は衛宮の家に通い続けている。

「おはよう、桜」

もう何度も繰り返したいつも通りの挨拶。

士郎は彼女のことを見向きもせず、冷蔵庫から朝食の材料を取り出す。

それを気にすることもなく桜はエプロンをする。

いつも通り、はたから見れば無愛想だが桜はそれを士郎が自分のことを信頼しており、何も言う必要がないのだとわかっており、士郎にとってもそれは事実である。

台所に二人で立ち静かに包丁をふるう。

魔術師である桜にとってかけがえのない日常の象徴であり、同時に自分が心の底から何も考えず過ごせるごくわずかな時間でもある。

そしてそんな時間ももうすぐ終わりを迎えようとしている。

聖杯戦争。

何十年かに一度行われる魔術の儀式。

彼女はこの地を治める遠坂の一族としてそれに参加しなければならない。

そしてこの家に通う原因である士郎が、魔術師であるかどうかも未だわからない。

もしそうであるなら姉ならともかく桜は戦うことを拒否するだろう。

仮にそうでなくとも聖杯戦争が終わった時、彼女は、彼女の姉は五体満足で再びこの家でみんなと一緒に食事を取れるのか?

そんな保証は欠片もなく、故に桜は、

―トン―

包丁で野菜を切る音が響くたびに心の中で涙を流した。









いつものように朝食を食べ、いつものように学校に向かい、いつものように衛宮邸で夕食を食べる。

それはいつも通りの日常ではあるが、彼女たちにとってはもう二度と来ない。

 

深夜一時前。

桜は屋根裏部屋で静かに自分の魔力が最高潮になるのを待った。

思い出すのは10年も前に死んだ父の顔。

いつも真面目でやることなすことが優雅であり、母とは違った優しさを見せた。

だが姉に魔術を教えるのをこっそりと覗いているのを見つかった時、烈火のごとく怒られ、その後魔術というものを教えられた時彼女に恐怖はなく、自分の影を操り、まるで生き物のように動くのを見て、彼女は年相応の顔を見せ、父は仕方なく彼女に魔術を教えた。

だがその魔術により父は死に、母は後を追うように病死した。

そのことに関しては仕方ないとしか言いようがない。

父自身、魔術は人一人の命をかけても見返りなどないに等しいと、そう言っていたからだ。

今の自分を見て、亡き父は何と言うだろうか?

一人の父として、命を粗末にするなというだろうか?

それとも魔術師として、娘に姉を殺してまで絶対に聖杯を手に入れろというだろうか?

今更考えても答えが出るはずもなく、桜は時計を見る。

刻限まで5分を切った。

顔をあげ、月明かりだけが照らす魔方陣の前に立つ。









光が視界を覆う。

目には見えないが感覚だけでわかる。

膨大なまでの魔力、圧倒的な威圧感が肌を刺す。

やがて光がおさまると、魔方陣の中心には一人の女性が立っている。

背は桜より少し低い程度、淡い紫色の髪は足首にまで伸びていて、豊満な肉体を強調するかのような黒いボディースーツを着ている。

そして何よりも目を引くのが目である。

メガネをかけ、髪と同じ色をした眼にはどこかひきつけられるがそれと同時に、その身を犯す危険さを桜に感じさせた。

「……問います」

無音の空間に声が響く。

「あなたが私のマスターですか?

そう静かに桜を試すような声と共にその双眸が問いかける。

その問いに桜は左手にある令呪を見せる。

「はい、私があなたを召喚しました」

「マスターを確認しました。サーヴァント、ライダー。真名はメデューサ。わが四肢は必ずやあなたを守りあなたの敵を貫くことを誓いましょう」

「私は遠坂桜。よろしくね、ライダー」

「こちらこそ。呼び方は…サクラでよろしいですか?

「よろしくね、ライダー。ところでライダーの真名って…」

「先ほども言いましたようにメデューサですが…何か問題でも?

「だったらその目は…」

疑問に思ったことを口にしようとした時、

屋敷に轟音が響いた。

「サクラ、どうやらサーヴァントが召喚されたようです」

「えっ、サーヴァント?そんなはず……もしかして…ライダー付いてきて」

「サクラ、何があるかわかりません。私が行きます」

「だいじょうぶ。多分そのサーヴァントは姉さんが召喚したものだから」

そう言って部屋を飛び出す桜にライダーもあわててついていく。









「姉さん!

ひしゃげた居間のドアだったもの向こうには半壊した部屋とそこにふんぞり返っている男とそれを見下ろす凛がいた。

「桜…もしかして後ろのがあんたのサーヴァント?

「はいそうですけど…あの…姉さん時間きちんと確かめましたか?

「時間って…今は2時よね?

「…1時ですよ」

「えっ…あっもしかして私、時間…」

「やれやれ最初からこれでは先が思いやられるな、マスター」

桜はここ一番でポカをやらかす姉の性質を恨みつつ横から口をはさんだ男に目を向けた。

「あなたが姉さんのサーヴァントですか?

「さてどうだろう?少なくとも現時点でサーヴァントを従えた素性もわからないマスターに話すことは何もないとおもうがね」

そう言って彼は凛に目を向ける。

「会話から察するに、彼女は君の妹か?

「ええそうよ。ついでに言えばマスターの一人で、今回の聖杯戦争は彼女と手を組むから」

「なるほど、状況は理解した。まぁ仕方なかろう、召喚の段階で失敗を犯すマスターには一人ぐらい監視役が必要だからな」

「あんたねぇ、そういうのは本人のいないところで言いなさいよね」

「君が次に失敗を犯さないと断言できるならな、マスター」

「わかったわよ、次から気をつけるわよ。それであんた何のクラス?見たところセイバーにはみえないけど」

「残念ながら私に人に誇れるほどの剣技は持ち合わせていないな。私のクラスはアーチャーだ…いいだろう、セイバーのように華やかに戦うことだけが戦争でないことを君に教えてあげよう」

「何?もしかしてあんた、拗ねてるの?

そんなアーチャーの態度に凛が苦笑する。

「ああ、君が召喚したものが口先だけでないことをいずれ証明して見せよう」

「まぁ、いいわ。セイバーを引けなかったのは残念だけど、過ぎたことに文句を言ってもしょうがないし。それであんたの真名は?

「……マスターそのことなのだが。残念ながら私自身にもわからない」

「…は?あんた何ふざけてるの?

「ふざけてなどいない。そもそもこれは君の召喚のツケだ。だったらそこにいるサーヴァントに聞いてみるといい。召喚された直後、高さ20mのところから落下したらどうなるか」

3人の視線がライダーに刺さる。

「そうですね。今の状態なら平気ですが、さすがに召喚された直後となりますと、まだ体が不安定ですから、その状態で20mほどの高さから落ちたならば記憶の一つでも失ってもおかしくありませんね」

「だそうだが、マスター?

「うっ!ああもう、認めるわ。確かに私のミスよ。それにしても真名がわからないってことはあんた自分の宝具も何だかわからないのよね?

「それについては問題ない。戦い方は体が覚えているし、君から流れてくる魔力量は申し分ない。サーヴァントにこれだけの魔力を供給できるのは君が一流の魔術師である証拠だ。その君が召喚した私が一流でないわけがない。それに君の妹が召喚したサーヴァントも真名はわからないが、雰囲気だけで並の存在ではないことが分かる。これほどであれば真名などわかなくともどうとでもなる」

「あんた、さっきと言ってること逆じゃない」

「先ほどのことは君の召喚についての不備を言っただけで君の実力を否定したわけではない」

「なんだか、おためごかしのような気がするけどまぁいいわ。さすがに疲れたしね。もう寝るわ」

「待て、マスター。まだ私たち契約において最も重要なことをしていない」

「最も重要なこと?

桜たちもアーチャーが何を言っているのか分からなかった。

「私はいつまで君をマスターと呼べばいいのかね?

「あっ!名前!

「やれやれ、マスター。これは戦争だぞ。信頼関係がなければ勝てるはずもないだろう。それに協力するというのなら真名とはいかずともクラス名くらいは聞きた者だがね」

今度は桜とライダーに視線が向く。

「さて、マスター。まず君の名から聞かせてもらおう」

「私は、…遠坂凛よ」

「マスター、遠坂凛。承認した。私のクラスはアーチャー。誓おう。我が瞳が敵を射抜き、君の後ろに残るものは敵の骸だけだと。…凛か。名はその者の体を表すというが確かにきみにふさわしい良い名だ」

「あ、あんた何言ってんのよ!ほら桜!あんたも!

「えっと、私は遠坂桜です。よろしくお願いします。アーチャーさん」

「私のクラスはライダー。真名はメデューサです。よろしくお願いします、アーチャー」

「ほぅ、まさか神代の者に会えるとは。しかし、大丈夫かね?君の眼は…」

「心配なく。桜からも聞かれましたがこのメガネは魔眼殺しです」

「やれやれ、やはり神話の伝説に載るほどの者となると持っている物も恐ろしいな。注意深く見なければただのメガネにしか見えんぞ」

「褒め言葉として受け取っておきましょう」

「そろそろいい?いい加減寝たいんだけど」

「そうだな、さすがに召喚した直後だ。ゆっくり眠るといい」

「アーチャーに同意します。サクラあなたも眠ったほうがいい」

「わかりました。先に失礼させてもらいます」

「アーチャー」

「何かね?

桜に続いて凛が部屋を出ようとしてそれにアーチャーが続こうとすると凛に呼ばれた。

「この部屋の修繕お願いね」

「何!?待て、凛!君は…」

「おやすみ」

扉が閉じられアーチャーだけが残された。

その顔は凛に呼びかけた状態のまま固まっている。

「…了解した。地獄の果てまで落ちろ、マスター」

月明かりの下赤い外套の男の嘆きが響いた。









「おはよう、ライダー」

「おはようございます、サクラ。しかし今日ぐらいまだ寝ていたほうがいいのでは?

ライダーは部屋の振り子時計に目を向ける。

長針は12を、短針は5を指している。

サーヴァントを召喚してから数時間ほどしかたっていない。

「いいの、確かに眠いけれどいつものことだし。それにできれば今日中に確認しておきたいの。召喚されてないクラスがまだ一つ残っているから…」

「わかりました。サクラがそこまで言うのであれば…」

仕方ないといった表情でライダーは姿を消した。









「さて、マスター。こんな朝早くから何をするつもりだ?まだすべてのクラスのサーヴァントは召喚されていないんだ。休息は取れるうちに取っておいたほうがいいと思うのだが?

510分。

凛にとってはいつもであれば未だベッドの中でまどろんでいる時間帯である。

ましてやサーヴァントを召喚した日の朝である。

本来であれば丸一日かけても休息を取るのが当たり前である。

「ええそうね。でも、できればこっちとしても確認は早いほうがいいの」

「確認?なんのだ?

「私の学校の男子が魔術師かどうかよ。今までずっとそばで監視していたんだけど、魔術師かどうかわからないの。だからサーヴァントであるあなたたちなら、私たちでも気付かないようなことでもわかると思って彼を見てほしいの」

「別に私としては構わん。マスター候補の人間の確認は重要だからな。しかしもし仮にその男が魔術師だったらどうする。君はその人物を殺せるのかね?

「殺しはしないわ。彼には聖杯戦争から降りてもらうつもりよ」

「凛、君は自分が何を言っているのか分かっているのかね?

「ええ、こんなもの心の贅肉でしかないことも、私甘いってことも。でも私は魔術師よ。そして遠坂の家長として聖杯戦争には勝たなきゃいけないの。そのためにはできるだけ多くの可能性をつぶしておきたいの。それに冬木を治める一族としてモグリの魔術師を見逃すわけにもいかないのよ!

「なるほど。今は納得しておこう。だが土壇場で令呪なぞ使われたら、たとえマスターといえど私は許しはしないぞ」

そう言ってアーチャーは姿を消し、凛は冷めた紅茶で唇を濡らした。









「どうアーチャー、ライダー?

衛宮邸の門の前で凛が呼びかける。

(凛、今はまだ何とも言えない。この結界だけでは判断のしようがない)

アーチャーが念話を通して凛に返答する。

(ただこのレベルの結界であれば、自身の正体をさらしているも同然です。サクラたちはそれなりに力がありますが、あなたたちでさえ気づけないほど巧妙に魔力を隠している人物がこの程度の結界を張るとは思えませんが?

ライダーも念話で桜に自身の感想を伝える。

「結局本人を見なきゃ話にならないか…できれば家に引き返したかったんだけど」

そう言って凛と桜は門をくぐり、アーチャーとライダーもそれに続く。

((……っ!))

結界を通った瞬間二人の顔がこわばる。

(アーチャーこれは…)

(これは…まずいな)

マスターに聞こえないように二人が会話を交わす。

今この瞬間より彼らは正体の知れぬ獣の餌となるやもしれぬのだから。









「おはようございます、先輩」

「おはよう、衛宮君」

いつもと同じように桜は挨拶し、いつもより早めの挨拶をする凛。

凛がいることに台所の士郎は振り返って確認すると、

「おはよう、桜、凛」

そう挨拶を返し、静かに調理を再開した。

桜はエプロンをつけ士郎の隣に立ち、凛はテーブルに着く。

「先輩その手、どうしたんですか?

桜は士郎が左に包帯を巻いているのが気になりそう聞いた。

無論それが不断であればそこまで気にしないが、時期が時期だけに気になったのだ。

「これか?朝は知ってるときに木の上に子猫がいてな。降りられなくなったみたいで助けてあげたんだが人間になれてないみたいで掌に乗っかったら爪がグサッとな」

「大丈夫なんですか!?

「傷自体は浅いから問題ない、どっちかっていうと猫の詰めにいる雑菌や黴菌が心配でな、家に帰ったらすぐに45℃のお湯に手を浸した後、包帯に消毒液を浸してこうして手に巻いているというわけだ」

「はぁ、それで大丈夫ならかまいませんが」

「それと消毒液のにおいが移るといけないから今日は野菜を切るのを頼めるか?みそ汁と鮭はやっておくから。それと今日は弓を引けない、傷口が開いたら意味ないんでな」

「わかりました」

いつもと同じような会話だが桜と凛にとってはより深い影を心に落とした。









(何だこれは?)

それがアーチャーの感想だった。

別段目の前の光景がおかしいというわけではない。

彼のマスターとマスターの妹、そしてその二人が監視していたという人物とその同居人たちが朝食をとっているだけである。

静かに目を閉じ深呼吸をする。

正体の見えない魔術師だと思われる男、衛宮士郎に対する警戒はとかず、可能な限り心を落ち着かせ、そして再び目を開け、目の前の状況を頭の中に整理する。

(何だこれは?)

再び彼は心の中でそうつぶやく。

確かにマスターの衛宮士郎は黒であった。

彼の髪紐は極上の魔力殺しであった。

モグリの魔術師であれば魔力殺しの一つや二つ持っており凛ほどの魔術師でもその正体がつかめないというのであればその質も高いと思っていたが、その魔力殺しは彼がサーヴァントとして経験と研鑽を積んだからこそ見抜けた代物であり、初見でこれを魔力殺しだと見抜ける人間は世界広しといえど5人といないだろう。

左手の包帯にしているがいくらなんでもこの時期にそんなことをすれば令呪を宿していると言っているようなものである。

だがそんな彼でさえ霞む存在がいた。

それは黒いゴシックの服を着たケーキを食べている少女、レンである。

(ライダー…)

(さすがの私もあれほどの使い魔は見たことがありません。夢魔の一種でしょうが、私が生きていた時でもこれほどの者は見たことがありません)

目の前で小さく切り分けたケーキを小さい口で頬張っている少女は傍目で見ればかわいいものだが、サーヴァントである彼らから見て実力は未知数だが、対魔力が低ければおそらく数分と待たず睡魔に屈するだろう。

そして先ほどからこちらに視線を送っている。

それがどういった類の意味をこめているかはわからないが彼女の眼の前にはマスターがおり、下手に手を出して文字通り永遠の眠りにでも落ちてしまえば聖杯戦争どころではなくなる。

故に彼ら波に残された選択肢は静観のみであった。










朝食が終わってすぐに二人は衛宮邸を出た。

それ自体は桜には弓道の部の朝練があり、凛がそれにつきあうということで珍しいことではないが、今は二人とも学校の屋上にいる。

士郎には二人でやることがあると伝え、美綴にも士郎経由で伝えるよう頼んであるので問題なく、朝練が始まる時間に屋上に来るなどという人物はこの学校にあまりいない。

故に、サーヴァント二人が現界してても問題はないのである。

「それで、アーチャー。あんたから見て士郎の様子はどうだった」

「その質問に答えることは簡単だが、その前に聞きたいことがある」

「何?私たちが士郎について知ってることは全部話したじゃない」

「ああ、君の話と直接見たことに対するずれはなかった。あくまで衛宮士郎『だけ』ならばな」

「どういうことよ?

「あのレンと言う少女は人間ではない。……かなり高位の、場合によっては魔獣にカテゴリされるほどの夢魔だ」

「夢魔……?あの…子が…?

あまりの事実に凛の思考が停止し、桜は顎が外れるほど口を開けて驚いている。

「嘘ぉ!だってあの子はどこからどう見ても普通の子よ。そりゃものすごい無口で、ケーキしか食べなくて、いつも同じ服しか着てない変わった子だけど。あの子は……」

凛と桜自身、あまり彼女について知っているわけではない。

彼女の身を寄せていた人物が何らかのことが原因でずっと眠り続けており、今度はその人物の姉のところに身を寄せていたがそこが士郎のホームステイ先であり、士郎が日本帰ろうとした時それについてきたという複雑ないきさつを持つ人物ではあるが、それ以外は特におかしなところはなく、めったしゃべらないが凛と桜が作ったケーキ以外のお菓子を食べた時は「…おいしい」と透き通った声を聞いたこともあるし、休日はよく公園などでは猫に囲まれながら寝ている風景も見かけたたこともある。

何より一番の要因は、彼女が人の姿をしていることである。

彼女が夢魔であるならば、おそらく使い魔なのだろうが人間の使い魔など聞いたこともないし、使役しようとは普通の魔術師は思わない。

一番の理由は意思をもった存在を自分の意のままに操るのに莫大なまでの魔力を消費するからであり、仮にそれだけの魔力をもっていたとしてもその主人は常時寝たきりになるほどだろう。

それにこの現代において人一人をさらうことなど難しい。

必ず何らかのぼろが出る。

そんな少女を堂々と他人の目に触れさせるような行為を行うだろうか?

魔術とは学問であり、それらを扱う魔術師とは極端な話、天才と呼ばれる存在である。

失敗などみじんも許されない彼らが、その手のミスをするとは考えられない。

「君の気持はわかるが事実だ。それにかならずしも人間が使い魔になることはないとは言い切れない。外部から何らかの方法で魔力を補充しているならば維持することもできないこともない。私たちのように」

「それはそうだけど……でも聖杯のように莫大な魔力を生みだす存在を魔術協会の連中がほおってくとも思えないわ」

「たしかに、だがいまそのことを論じていても意味はない。彼女は人間ではなく夢魔だということを」

「わかったは。それで他には?まさか王理さんも人間じゃないなんていうんじゃないでしょうね?

「いや、あの男性はまぎれもなく人間だ。魔術的な要素は皆無と言っていい。だが体つきや足運びから見て何らかの戦闘訓練を受けていることは事実だ。それもまともでない、武術と呼べない類のな」

「そう」

はっきり言ってこの時点で彼女はいっぱいいっぱいだった。

いつも無口で無表情ではあるが害意と呼べるものを全く感じさせないと思っていた少女、無愛想だが自分の気付かないところを見ていてそっとそれを教えてくれる男性。

凛と桜が二人に対して抱いているそれが静かに崩れていく。

「それで肝心の衛宮君は?

答えはわかっている。

同居人の2人がまともでないのだ。

その家主がまともなはずはなく、

「あの少年は黒だ。彼の髪紐は極上の魔力殺しだ。サーヴァントでなければ気付かないほどのな。それにあの家の結界もそうだ。あの家には警報とは別に、かなり気付きにくい防音や幻影などいくつかの結界が仕掛けられていた。おそらく君たちを誘い込むためにな」

「そう」

静かに金網を握る手に力が入る。

彼は自分たちを心のそこでどう思っていたのだろうか?

堂々と姿を現し、結界という目印を見せておきながら、いまだ自身を殺しに来ない凛たちを嘲笑っていたのか?

それとも毎日料理を作り、笑いの絶えない日常を支える家族だと思われていたのか?

その答えにもはや意味はない。

彼が魔術師であるというのなら、容赦はしないともう決めたのだから。

「桜、今夜仕掛けるわ。文句はないわよね?

「はい、姉さん」

彼女たちに失敗は許されない。

失敗した時、残されているのはまぎれもない死なのだから。









午後10

教室の机の中にあった、定規で書いたと思われる手紙で呼び出された士郎は学校の校庭にいた。

この時間になると教師をも含めて誰もおらず何かあったとしてもこの学校は広いため周辺に住んでいる住民にも気づかれることはまずない。

だが士郎はそんなことなど全く気にせず時間ぴったりに学校に来た。

「よく来たわね、士郎」

「呼び出したのはお前たちだったのか、凛、桜」

そこにいたのはつい先ほど一緒に食事を取った凛と桜だった。

「ところでそこの二人は誰だ?

そして彼女たちの後ろにはアーチャーとライダーがたっていた。

霊体化していてはとっさの行動に対処できないかもしれないということを考えて、現界していたのだ。

「私たちの父さんの知り合いで後見人よ」

「なるほど。まぁ俺のことについては後で話すとして、なんで俺を呼び出した?言いたいことがあるんだったら夕食の時にでも言えばいいだろう」

「そうね…面倒だから単刀直入に聞くわ。士郎、あんたは魔術師?

アーチャーとライダーの額にしわが寄る。

もし怪しいそぶりを見せれば返答より早く彼を捕えるためだ。

だが、

「魔術師?何のことだ?

士郎はそれこそ本当に頭の上にハテナマークを浮かべてるかのような口調でそう返した。

「何って、魔術師と言ったら魔術師よ」

「いやそう返されても困るんだが。第一、俺だったら魔術師じゃなくて魔法使いって名乗るよ。グリム童話とか読めばわかると思うが、どっちも同じだろ」

その返答に彼らは心底驚いた。

家に張られた結界、極上の魔力殺し、人間の使い魔、ここまで証拠がありながら、しらを切っていることにではない、その話し方、表情、態度が全く偽っているようには見えなかったからだ

彼女たちより多くの人を見てきたアーチャーとライダーも同じであった。

「というか凛、まさかお前、実は自分は魔術師でした、なんて言い出すんじゃないだろうな?

「…そんなわけないじゃない。ただちょっとあってね」

「まぁ、別に俺として特に困るわけでもないし、誰にも言わないから安心しろ。特に美綴あたりには」

「悪いはね」

「さて、もういいか?そろそろ帰りたいんだが」

「ええ、かまわないわよ」

(アーチャー後ろに振り向いたらすぐに仕掛けて)

(了解した)

凛の命令にアーチャーはいつでも動けるように、足に力を込めるが、

「ところで、そこの二人、いい加減出てきたらどうだ?ばればれだから」

士郎のセリフに背筋が凍りついた。









あとがき

こんにちはNSZ THRです。

ようやく聖杯戦争が始まりました。

アーチャーは記憶を戻ってるのですからなおさら、士郎とその周囲の様子に驚いてますが、これからもっと驚いてもらうかと。


管理人より
     ご無沙汰しております。
     聖杯戦争ついに始まりましたか。
     『七歴史』の方はほとんど碌な展開にならなかったのでどんな展開になるか楽しみです。
     そして最後で士郎が言っていた二人とは?
     片方はランサーでしょうが、もう一人は誰かな?

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